漆器という言葉を聞いて、美しい器のイメージは浮かび上がるものの、実際にはどのようなものかわからない人は多いでしょう。
漆器は、日本各地の職人がさまざまな技法を用いて作り上げている日本の伝統工芸品です。一般的な器と比べて、漆器にしかない独自の魅力を兼ね備えています。
この記事では、漆器とはなにかの解説にくわえて、素材による違いをふくめた魅力や産地ごとの違いについて紹介します。どのようなものを漆器と呼ぶかがわかるだけでなく、注意点をふまえたうえで購入をするかの判断ができるようになるので、ぜひ最後までお読みください。
目次
漆器とは、ウルシの木から採取可能な漆(ウルシ)を塗料にした器のことを指します。漆を器に塗ると、従来よりも耐熱性や耐久性に優れるだけでなく、独特の色合いが生まれるのが特徴です。
漆器は、日本の伝統工芸として各地で独自技術が伝承されています。海外からも高く評価されており、英語で「ジャパン」と呼ばれているほどです。
食器のような日常使いの器や美術品まで、職人の手によってさまざまな漆器が日々生み出されています。
漆器の特徴は、日本の伝統工芸が生み出す美しい見た目だけではありません。ここでは、普段使いをしてこそ感じられるような、漆器ならではの特徴を解説します。
漆器は、職人が漆を何度も塗り重ねることにより、独特のつやが発生するのが特徴です。ただし、完成したばかりの漆器は、漆の粒子が不揃いになっており、まだ本来の輝きを放っているとはいえません。
漆器は、日常生活のなかで使われていくたび、徐々に粒子が削れて、つやが増していく性質をもっています。まるで漆器を育てているような感覚をもちながら、世界に一つだけの輝きをもつ器が手に入るでしょう。
高級感があり、手が届かないような存在に感じる漆器も、私たちの生活に溶け込んでいることをご存じでしょうか。たとえば、以下のような日常的に使う食器のなかには、漆器で作られたものが多く存在しています。
さらに、正月などに使う重箱のように、特別な日を彩る食器としても活躍しているのが漆器の特徴です。ほか、置物などのインテリアとしても利用されており、身近なところに漆器があふれています。
耐熱性に優れている漆器は、料理の温度を保てるため、おいしい状態のまま食べられます。熱い汁物を入れても、漆器の表面は熱くなりにくく、手で直接持っても問題ありません。
逆に、冷たい料理も冷えた状態を保ったまま食事が可能です。漆器は、見た目の美しさだけでなく、実用性も兼ね備えた器であるといえるでしょう。
漆器は、何度でも補修や塗り直しができるように作られているため、長く使い続けられます。塗装が剥げたり、傷ついたりしても、職人の手で修復をおこなえば、半永久的に使用できるでしょう。
漆器を一つ購入してしまえば、以降は捨てる必要がなくなるため、環境配慮にもつながります。世代を超えてもなお使い続けられるのは、漆器ならではの魅力です。
漆器に欠かせない素材であるウルシの木は、縄文時代から存在していました。その頃からすでに、土器や装身具などに漆を塗る技術が使われていたことがわかっています。
平安時代になると、漆器に金粉を描く蒔絵(まきえ)が登場しました。主に貴族が漆器に魅了され、日本の特産品として注目を浴びながら発展を続けていきます。
江戸時代には、漆器をより芸術的なものとして扱う傾向が強くなり、日本各地でそれぞれの独自技法が生まれていきました。現在の輪島塗や金沢漆器なども、江戸時代から伝えられ続けた技術です。
明治から昭和にかけても、漆器の高級品としての扱いは変わりません。平成においても、贈答品のような特別なときに用いられるものとして注目されていました。
そして、現代では技術の発達で大量生産が可能になり、より身近な製品になりつつあります。とはいえ、職人が手作りでおこなう製品との棲み分けもされているため、いまもなお高級品として人気を博しています。
漆器を作るときには、日本各地で独自に継承されてきたさまざまな技法が使われています。ここでは、代表的な漆器の技法を解説します。
蒔絵(まきえ)は、漆に金や銀などの粉で絵柄や模様を描く日本で発達した技法です。通常の塗料で描くのと比べて、絵が浮き上がってくるかのような立体感を演出できます。
蒔絵のなかでも細かく技法が分かれており、代表的なものは以下の3種類です。
どの技法においても、細やかで繊細な線を描けるため、絵柄の自由性が高いところも特徴といえるでしょう。
沈金(ちんきん)とは、漆器の表面に彫刻刀で模様を掘り、金粉などで埋める技法のことです。漆器自体に絵を描く蒔絵と異なり、彫るときの角度や深さなどで多彩な表現ができるのが特徴です。
沈金は、ただ線を描くだけでなく、点を重ねていくように彫る表現も得意としています。線と点の部分に金を埋めることにより繊細な輝きが浮かび上がり、ほかにないデザインが完成します。
螺鈿(らでん)とは、漆器に貝殻をはめこんで模様を作り出す技法です。貝類のなかでも、夜光貝やあわび貝のような輝きをもったものを使い、高級感を表現しています。
具体的には、貝殻をそのまま使用せず、一枚ずつ剥がしたパーツを漆器に埋め込んでいくのが螺鈿の特徴です。また、貝殻自体もそれぞれ薄く磨き上げることで、細かな模様と輝きが生まれます。
漆器は、素材により価格や使い勝手などがそれぞれ異なるのが特徴です。ご自身が使いたい漆器を発見するためにも、素材ごとの違いを見ていきましょう。
一般的に価格帯が高く、伝統工芸として扱われているのが天然木です。各地で古くから伝えられ、独特な進化を遂げている漆器には、天然木が使われています。
天然木の漆器は、一つひとつ職人の手で作られているところが特徴です。漆を塗る工程だけでも3ヶ月以上かかるケースがあり、大量生産のできない貴重な作品に仕上がります。
漆器本来の軽くて丈夫で、長く使っていく特徴を活かしたいのであれば、天然木の素材の漆器を選ぶのが適しているでしょう。
合成樹脂を使った漆器は、主に機械化により作業過程を省略し、低コストの生産を可能とした素材です。一般的に流通している値段も比較的安価な食器の多くは、合成樹脂で作られています。
形に自由性があるものの、天然木と比べると、漆器本来の耐久性などは落ちてしまいます。とはいえ、食器洗い乾燥機に入れても問題なく、メンテナンスの手間が発生しないところは魅力といえるでしょう。
多様なデザインを比較的気軽に集めて、漆器を広く楽しみたい人に適している素材です。
硝子に漆をほどこしたデザインは、従来の漆器とは異なる魅力を創出できるのが魅力です。硝子を素材とし、透き通ったように漆の色が浮かび上がる工芸品は「硝子漆器」と呼ばれ、長野県塩尻市の木曽漆器から生まれました。
硝子の素材は、ほかの漆器のように耐久性に優れており、食器のような日常的なものにも使用できます。また、金属の食器にも対応できるなど、天然木にはない利便性を兼ね備えているところも、硝子ならではの特徴といえるでしょう。
食器として日常生活で使える漆器も、一般的な器と比べると、管理の面で手間が発生します。ここでは、漆器の購入前に確認しておくべき注意点について解説します。
漆器は、紫外線を浴びると変色が起き、器自体の質が落ちてしまう可能性があります。漆器を美しい状態で使っていくためにも、日陰での保管が大切です。
また、保管時は漆器との間に布や紙を挟むようにしてみてください。衝撃による傷や欠けもおさえられるため、より漆器が長持ちします。
漆器は、急激な温度変化を受けると表面が白く変色してしまう性質をもっています。そのため、内部が高温になる食器洗い乾燥機に入れることができません。
漆器を美しい状態に保つためには、やわらかいスポンジを使いながら、毎回手を動かして洗う必要があります。ただし、洗ったあとにしっかり水分を布で拭き取っておくだけで、漆器のつやが増し、独特の輝きを手に入れられます。
漆器は、日本各地でさまざまな技術が伝承されているのが特徴です。ここでは、産地ごとに独自の進化を遂げながら生み出された漆器を5種類紹介します。
輪島塗は、石川県の輪島市で江戸時代から続く伝統工芸です。1977年には、全国ではじめて重要無形文化財として指定され、いまもなお多くの人を魅了し続けています。
輪島塗の特徴は、漆器を完成させるまでの作業量の多さにほかなりません。124もの工程を経てようやく完成する漆器は、耐久性と美しさを兼ね備えた一品に仕上がります。
工程ごとに専門の職人が分業制でおこなっており、機械化で漆器の大量生産化が可能になった現在でも、人の手でしか生み出せない作品を作り続けています。
石川県金沢市で作られている金沢漆器は、繊細で豪華な模様が描かれるのが特徴の漆器です。江戸時代から貴族文化として伝承されており、現在でも品位の高さを感じられるようなデザインが多く作られています。
金粉で絵柄や模様を描く蒔絵の技法がふんだんに使われることが多く、なかでも加賀蒔絵が有名です。加賀蒔絵とは、金粉を漆にまくだけでなく、磨き上げる工程などを経て立体的な模様を浮かび上がらせる技法です。
金沢漆器からあふれる高級感を利用して、茶道具のような一品物がよく制作されています。
越前漆器は、福井県鯖江市を中心に作られている漆器です。ものづくりの街とも呼ばれている鯖江には、古くから漆を採取する職人が多くおり、漆器づくりの技術が生み出されてきました。
越前漆器の特徴は、素朴な美しさのなかに華やかさも感じられるような、深みのある色合いです。落ち着いていて上品な雰囲気をかもしだすことから、お祝いごとに使用する漆器としてよく選ばれています。
鎌倉彫は、主に神奈川県鎌倉市で生産される木彫りの工芸品です。カツラやイチョウなどの木を下地にし、木材の質感と彫りの技術によって、温かみのある作品を生み出しています。
さらに、模様以外のところにも刀を入れて彫り後を残す技法も、鎌倉彫ならではの特徴です。皿や箸などの日用品も、彫りの技術を駆使した独特のデザインで作られています。
木曽漆器は、長野県塩尻市を中心に作られている伝統工芸品です。塩尻市周辺は、夏は涼しく、冬は寒くなる地域であり、漆を塗る環境に適しているとされています。
木曽漆器の特徴は、木目を最大限活かしたデザインです。たとえば、透明度の高い漆で塗り上げる木曽春慶 (きそしゅんけい)という技法を用いて、木目がより際立つ漆器づくりに成功しています。
ほか、木曽漆器は、楕円形で弁当箱としてもよく使われる「曲げわっぱ」とも相性が良いとされています。給水性と保湿力に優れているため、お米のべたつきがなく、常においしい状態で食べられるためです。
さらに、漆と硝子を合わせたデザインの漆器は、木曽漆器が先駆けです。従来の漆器にはない透明感を硝子で表現しており、独特な魅力を味わえます。
曲げわっぱの特徴については「曲げわっぱの特徴や魅力とは?冷めてもおいしいお弁当箱・木曽漆器めんぱも紹介」をご確認ください。
漆器は、歴史のなかで日本が独自に育ててきた技法で作られた伝統工芸です。見た目の美しさだけでなく、耐久性や耐熱性に優れているため、日常で使う食器としても活躍できます。
漆器を購入するときは、天然木や合成樹脂など、素材による違いを押さえておくことが大切です。自身のライフスタイルと照らし合わせれば、漆器への理解が一歩前に進みます。
いつもより少しだけ特別な気分を味わいたいのであれば、ぜひ産地や技法などにもこだわり抜いたうえで、漆器を日常に取り込んでみてください。
【参照サイト】農林水産省 「漆」の世界
【参照サイト】政府広報オンライン 日本における漆の歴史と文化
【参照サイト】鎌倉市 伝統的工芸品「鎌倉彫」
【参照サイト】塩尻市 漆とガラスの融合に学ぶ―丸嘉小坂漆器店
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